被災地の「農林漁家民宿おかあさん」に会いに行こう!東北復興応援ツアー in いわて

2012.03.31


東北復興応援ツアー< in みやぎ 平成24年3月16日(金)~18日(日) 宮城県石巻市・女川町

 宮城県石巻市(旧河北町)で「民宿のんびり村」を経営する坂下清子さんは、津波で家と民宿が流されてしまいましたが、営業再開に向けて頑張っています。坂下さんご夫妻から津波の恐ろしさや復興に向けた取組についてお話しを伺うとともに、被災地の現状を実際に見ていただくことで、今、何が求められているのか、何ができるのか、一人ひとりが考えるきっかけにして欲しい。そんな願いを込めて今回のツアーを企画しました。
 「農林漁家民宿おかあさん100選」に選ばれた栗原市(旧若柳町)の「有賀の里たかまった」と加美町(旧小野田町)の「農家民宿花袋・天王」の2軒の宿に分泊し、自家製の食材を中心としたおいしい食事と地域ならではの魅力的な体験を行いました。


 週末金曜日の夜10時30分。ほろよい加減のサラリーマンやOLが行き交う東京駅八重洲口前の集合場所には、スタッフに加えすでに参加者とおぼしき人の姿も。総勢11名を乗せた富士急行の貸切バスは、定刻どおり11時に出発。神田橋インターチェンジから首都高に入り、一路目的地である宮城県石巻市を目指しました。途中サービスエリアで2回の休憩をとりましたが、参加者の多くは日頃の仕事の疲れからか、狭い車内にもかかわらず、ぐっすりとお休みになられていました。三陸道の一部通行止めというアクシデントもありましたが、あたりが白みはじめた5時40分頃には石巻港インターを通過。うず高く積まれたがれきの山や、県道の真ん中に横たわる巨大な缶詰(のオブジェ)など、震災による爪痕を車窓に眺めながら、最初の目的地である石巻漁港に到着しました。夜行ツアーのため富士急さんとはここで一旦お別れ。2名の運転手さんには仮眠休憩をとっていただきます。




 水産業の振興のために特に重要であると政令で定められた特定第3種漁港(全国で13港、宮城県内では気仙沼、塩竃、石巻の3港)の一つである石巻漁港も津波で大きな被害を受けましたが、現在は仮設の市場で水揚げを再開していました。市場管理事務所の佐々木所長さん(石巻市水産課)の案内で防波堤の目の前にある展望台で被災時の話しを伺ったり、水揚げされたばかりの市場内を見学させていただきました。





 震災後は電気が止まったため、貯蔵していた加工用の魚45,000トンが腐ってしまったとのこと。津波の高さは6mを超え、東洋一の規模と言われた荷捌き場などの建物も壊滅状態となりましたが、4ヵ月後の7月12日には仮設テントで水揚げを再開したとのことでした。震災前とは比較できないまでも、大きな真鱈やイワシをはじめたくさんの種類の魚が並び賑わっており、少しずつではありますが、復興が進んでいることが実感できました。普段は見ることのできない市場の見学は好評で、みなさん興味津々の様子でした。
 見学の後は、市場の敷地内にある斉太郎食堂で朝ごはん。銀ダラのカマ焼きとカツオの刺身の盛り合わせ定食は新鮮でボリュームたっぷり。さすが市場関係者御用達の食堂と参加者全員が納得の一品でした。


 地元の富士観光バスに乗り換え、続いて向かったのは日和山公園。市内中心部の閑静な住宅地を抜けた高台にあり、被災地が一望できる場所です。津波や火災で特に大きな被害を受けた門脇地区が眼下に広がり、犠牲者に手向けられた多くの献花に、なんともいえないやるせなさを感じました。




 日和山公園を後にした一行は、再び石巻港の前を通り、マリンパル女川に向かいました。
 東北電力女川原発を抱える女川町。幸い原発に目立った被害はありませんでしたが、港の目の前にあったマリンパル女川は津波で壊滅的な被害を受け、休業を余儀なくされましたが、平成23年10月から物販部門である“お魚市場”を現在の場所に移転し、営業を再開しています。
震災前に比べると出店者数は半分以下とのことですが、地元で水揚げされた毛ガニや吉次(関東ではキンキ)、カレイなど多くの魚介類が並んでしました。復興の一助になればとの想いから、参加者の皆様にはたくさんのお土産をお買い求めいただきました。ありがとうございました。一日も早く元の活況を取り戻し、女川の復興を牽引していってくれることを祈念しています。




 買い物を終えバスに戻る頃から降り出した雨が次第に雨脚を強めてきました。バスは女川町を離れ旧雄勝町(現石巻市)へ。国産硯の90%のシェアを誇る雄勝硯の産地、旧雄勝町。メディアに取り上げられることは少なかったためあまり知られてはいませんが、4,300人の町民のうち280人が死亡するなど、震災で最も大きな被害を受けた町の一つです。旧雄勝総合支所(現在は仮庁舎に移転し業務再開)の前で出迎えていただいた石巻かほく商工会の小松さんの説明を聞きながら、閉鎖されている支所の中を見学させていただきました。




 3階の議場に入ると謎の水溜まりが出現。津波の跡、海水が抜けずに溜まったままになっているとのことでした。津波は支所の3階まで押し寄せたそうで、職員はじめ当時支所内に居たおよそ120人は屋上に避難し難を逃れたものの、完全に孤立し、救助されたのは震災の3日後だったとのことでした。





 震災前は商店や住宅が軒を連ね、賑わっていたという目抜き通りは、今は見る影もなく、八百屋や寿司屋など数軒が、プレハブの仮設店舗で営業を再開したばかりでした。
 小松さんは宮城県商工会青年部の理事として、県外から多くのボランティアを受け入れており、被災状況の説明をする機会も多いためか、とても丁寧に分かりやすくお話しをいただき、参加者の理解も大いに深まったものと思われます。「被災地で見たこと、感じたことを地元に帰って多くの人に是非伝えてください」という言葉が印象に残りました。

 雄勝総合支所を出発して15分ほど、北上川にかかる鉄橋を左手に過ぎると大川小学校はすぐそこです。津波により全校児童の7割に当たる74人が死亡、行方不明になるなど、悲劇の舞台として全国にその名を知られることとなった同校。そぼ降る雨の中、犠牲となった方々のご冥福をお祈りするとともに、追悼の意を表するため、参加者全員が1分間の黙とうを捧げました。


 大川小学校から先、坂下さんの家までの道のりは、復興までの険しさを感じさせるものでした。工事用のトラックが行き交い、重機ががれきを撤去していました。道の両側に広がる田んぼは、1m以上地盤沈下し、完全に水没していました。





 予定時間から15分ほど遅れた11時45分、のんびり村に到着。雨の中、坂下健さん・清子さんご夫妻に出迎えていただきました。炭火で焼いたカキとしうり貝(ムール貝)のおもてなしに、全員が大感激。あっという間に一つ残らずたいらげました。ごちそうさまでした。
 その後、居間に移動し、ご夫妻にお話しを伺いました。



 まだ電気もガスも水道も通っていないので、市内の息子さんの社宅で世話になっており、片道50分くらいかけて毎日通いながら、民宿の再開を目指しリフォームに取り組んできたとのこと。この日は市内から運んだお水で沸かしたお茶と自家製のカキの佃煮をごちそうになりました。
 追波湾に押し寄せた津波は北上川を逆流し、周囲に大きな被害をもたらしましたが、坂下さんの住む尾崎地区では裏手の山が緩衝材的な役割を果たしたため、幸い直接波を被ることはなかったようです。それでも鴨居の上まで浸水するくらいの被害を受け、すぐ近くの高台にある海蔵庵というお寺に避難したとのこと。集落への入り口となる橋が津波で流されたため完全に孤立し、100数十名が4日間海蔵庵に閉じ込められ、4日後にヘリコプターで運ばれ無事救助されたとのことでした。津波の被害は甚大で、110台あった長面浦のカキ養殖の筏の多くが流され、残ったのは3分の1程度。坂下さんのところでは5台のうち2台は流されましたが、3台が残ったとのことで、このことが大きな励みになっているとおっしゃっていました。
 全国から多くの方がボランティアに来てくれたおかげで、人が泊まれるくらいまで宿の修復は終わっていましたが、水道の問題がネックとなり保健所の許可がおりず、今のところ営業再開の目途はまったく立っていません。でもこのような状況にあっても、「震災を通じて人と人との絆のありがたみを再認識した。グリーン・ツーリズムをやっていて本当に良かった。」「生き残ったものとしての責任感を感じている。地震の悲惨さや日頃の訓練の大切さなどを伝えていきたい。」と、お二人ともとても前向きで頑張っておられました。「のんびり村」の再開を心よりご祈念しております。



 坂下さんに別れを告げ、元来た道を戻ります。大川小を過ぎ、北上川に沿って20分ちょっと走ると道の駅「上品の郷」に到着です。昼食は地場産の食材を利用したランチバイキング。腹ごしらえが終わったら、併設の温泉施設「ふたごの湯」で汗を流したり、農産物直売所でお買い物など、各々好きなようにのんびりと過ごしていただきました。

 富士急行さんと再び合流。ここから先、ツアーは2手に分かれ、今宵の宿を目指します。
 宿泊先は栗原市(旧若柳町)の「有賀の里たかまった」と加美町(旧小野田町)の「花袋・天王」の2軒の農家民宿。盛りだくさんの内容で、スケジュールはやや押し気味でしたが、どちらの宿にも何とか日が暮れる前に着くことができました。

 一息着いたらお待ちかねの夕食です。農林漁家民宿の楽しみは何といっても食事。手間暇かけて作った農産物や地域の食材を主体としたお料理は、先祖代々伝わる陶器や漆器等の器に盛りつけられ、見た目にも美しく、素材の良さを十分に堪能することができました。米どころであり、もち文化の地域だとのことから、メニューの一つにお餅も。あんこやエビ、ナンバンなどいろんな味付けでいただきました。

 「有賀の里たかまった」は、江戸時代の料理の古文書が伝わっているほどの由緒ある農家で、ご覧のとおりの立派なお屋敷。経営者である千葉さんご夫婦のモットーは、「さざほざと」。地元の言葉で「和気あいあいと、和やかに」という意味。短い滞在時間ではありましたが、美味しい料理ときさくなおもてなしに、みなさんが心からゆったりとくつろいでいただけたのではないでしょうか。


 次の日は、くりはらツーリズムネットワークの千葉さんの案内で「商店街・手仕事めぐり」。畳屋さんの工場に行き、自分だけのオリジナルミニ畳作りを体験しました。




 また、平成19年に廃線となったくりはら田園鉄道(くりでん)の旧若柳駅の駅舎を見学しました。同所では7月から11月までの毎月第2日曜日に「くりでん乗車会」が開催されています。隣接する農産物直売所での買い物とあわせ、レトロな雰囲気を味わってみませんか。





 一方の「花袋・天王」組。加藤さん自慢のダイコンをメインとしたヘルシーな野菜中心の田舎料理。娘さんの作るヤマノイモの揚げ物はふわふわの食感で、何度食べても絶品です。アルコールが相当入った勢いも手伝い、ご夫婦との楽しい語らいは夜遅くまで続きました。
 翌日、朝食のあとは、ご主人に教わりながら、ワサビの花の収穫とそば打ち体験。長靴をお借りしいざ出陣。最初こそ張り切って取り組みましたが、腰を屈めての慣れない姿勢での作業となるため、10分もすると早くもリタイア。「こんな作業を毎日何時間もやっているのか」と農家のたくましさに感嘆するとともに、「日頃食べ物を口にできるのは農家の人たちのお陰」だということを改めて感じました。休耕田の湿地にはクレソンやセリなども自生しており、また畦にはフキノトウも顔を出しており、帰りがけにみんなで収穫しお土産にしました。味ヶ袋新水沢という地名が示すとおり、昔から水が豊富に湧き出る土地だったそうで、宿の目の前を流れる清流では、イワナやヤマメを獲ることができるそうです。是非夏にもお邪魔し、子どもと川遊びを楽しみたいと思いました。


 宿に戻って手を洗ったら、続いてそば打ち体験です。今回参加いただいたMさん、Oさんのお二人ともそば打ちは初めてだとおっしゃっていましたが、ご主人の指導が良かった(?)のか、なかなかの手さばき。小麦粉の代わりにヤマイモをつなぎに使ったこともあり、わずか30分足らずで終了。朝食からあまり時間が立っていませんでしたが、やはり自分で打ったソバの味は格別ですね。本ワサビの香りがより一層味を引き立てます。






 こうして「花袋・天王」での楽しかった時間もあっという間に過ぎ、お別れの時間に。最後にお世話になった皆さんと一緒に記念撮影。またお会いできる日までお元気で。


 今回のツアーもいよいよ大詰め。旅の締めくくりは、再び全員が合流し、美里町にある菜園レストラン「野の花」で、自家製野菜を中心にした創作和風料理の昼食をいただきました。




農林漁家民宿おかあさん100選とは?

農林漁家民宿とは、農家民宿、林家民宿、漁家民宿の総称です。


農業・林業・漁業を営みながら、民宿にお客様をお泊めして、交流活動や地域活性化に貢献しています。
農林漁家民宿では、お客様に自家製や地元の食材を主体としたお食事をお出しし、わが家の一室や離れの部屋にお泊り頂き、農林漁業や農山漁村の暮らしを体験していただけます。
「農林漁家民宿おかあさん100選」とは、そのなかでもとくに質の高い宿泊・食事・体験等を提供し、自身の民宿経営に成功し、地域活性化に寄与している“農林漁家民宿おかあさん”100人を選定する、農林水産省と国土交通省の認定事業です。
 認定者のご紹介は、「農林漁家民宿おかあさん100選」のホームページからご覧いただけます。
 ぜひ一度、おかあさん100選の宿にお泊りにいらしてください。

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