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地域産業マネージャー先進事例に関する調査5 石垣島ラー油の産業化
1. 概要・産業化についての視点

2007.07.03

地域産業マネージャー先進事例に関する調査4.2007.07.03
対象者 辺銀夫婦


地域・取組み名称
地元材料を使った「石垣島ラー油」の産業化



取組みスタート年月日
その発案者は誰?
1999年石垣島に移住した辺銀夫婦(妻東京育ち44歳・夫中国育ち46歳)が、自分たちの家庭料理に使う「ラー油」を島の農産物を使い商品化し大ヒットさせた。


取組み概要
現在、石垣島を中心とした八重山諸島原産の材料を主に使用した「ラー油」を生産し、販売をおこなっている。このラー油はマスコミにも注目され、料理研究家などからも絶賛されていることから、沖縄や首都圏を中心に人気が爆発し、現在商品が手に入らなくなっていると同時に、生産量が限られていることから新規の取引についても断っている状況。大手のソースメーカからも業務提携のオファーがあったが、理念に合わないことから断った。この夫婦が始めた事業は、「石垣島ラー油」の製造販売、そして「ペンギン食堂」の運営に加え新たな加工品の販売など、事業が拡大段階に入っている。現在このラー油は、年間約12万本程度販売されている。定価から類推すると事業規模は約1億円規模である。
この夫婦の事業は、島の人たちとの協働で「島の流儀」によって拡大している。同時に、都会暮らしの人脈も生きて事業が上手く展開している。


ヒットしている「石垣島ラー油」735円



現地移住のきっかけ?何から始めました?
地域への入り口は?
東京で働いていた夫婦は、海外も含め移住を考えていた。同時に、夫(カメラマン)が勤めていた雑誌社が倒産し、その機会を利用し長期旅行にでかけた。南極や南米などに出かけ、その後妻の趣味である書道の紙がサトウキビの搾りかすで作った八重山紙であったことから、沖縄・石垣島に10日間の旅行に。初めての沖縄で出会った人々の優しさや、心の豊かさ、海や食べ物の素晴しさから移住を決意した。実際には、3月に旅行そして移り住んだのが6月と、素早い行動であった。
住まいは、町の不動産屋をあたり、5LDK7万円の格安で、港の倉庫の二階を借りて生活を始めた。(住まい探しに2週間)ここには、東京の友人たちが沢山やってきた、数えてみると年間60組も遊びに来ていた。
最初におこなったことは、仕事探し。妻も夫も食堂で働き始めた。そこでは、とにかく「おじいやおばあ」と話をした。特に、島独特の「食べ方」と食材の「名前」を聞いた。例えば、フェンネルは「ういきょう」と言う、違う島では「にーずんきょう」と名称が変わる。このような聞き取りを、食堂で仕事をしながら、またカメラ片手に畑を回り教えを請うた。この時の「おじいやおばあ」が今でも大切な人脈、そしてその人たちに育てられ今が在る。この時、妻が出会った食堂の先輩である「ネーネ」56歳が、現在辺銀夫婦の事業を仕切っている。すべては人脈で、渦ができるように事業が運営され、拡大をしている。99%人脈で運営されていると夫婦は述べた。



ここが好きですか?
ここで生きる覚悟は?
子供が二人、一人は実子。もう一人は「石垣島ラー油」。すべては子供を中心に考えている。石垣島ラー油を存続させていく責任を感じている。8年間の取り組みで、石垣島の一部になったと感じている。石垣島にお返しをするのが役目である。最初は、長期滞在の観光客のつもりであったが、そうはいかなくなった。

出会いを大切にして生きている、そしてここで生きる覚悟を持っている


①産業化についての視点

1.人材

●マネジメントは誰が?専門家が当初からいるか?
自分たちで、すべてオープンにしながらやっている。特に、前述の「ねーね」の役割が重要。自分たちがでしゃばらず、渦ができるように事業が回っている。
●経理の実務は誰が?
これが一番苦労した。給与の計算だけ自分たちでやった。他は商工会にお任せし、やってもらっている。また、毎年の申告は税務署が見かねてやってくれる。

⇒ マネジメントを地域の人望ある人に任せ、地域人脈を活かした人材の活用をはかる




2.財政リスク

●立ち上げ資金はいくら? どうしたか?
最初の石垣島ラー油は100本、すべてもらい物で作った。また、教えてもらいながらすべては始まった。例えば、入れ物も銀座「わしたショップ」の指示で、「壊れない、こぼれない、送料がかからない」ことからペットボトルの小さなものになった。そしてバーコードの取り方などすべて教えてもらった。また、お金がないから、消しゴムを300円の彫刻等で彫り、商品パッケージの「石垣島ラー油」のはんこを作り利用した。
●初期投資について
自己資金、現金を基本にしている。その後、100万円かけ3年間の手作りで「ペンギン食堂」を開店させた。
●その後の資金調達先と推移について
ほとんどがもらい物や人のつながりからの助け合いでやってきた。例えば、最初の冷蔵庫も自宅のものを利用し、栓をする機械も近くのおじいさんに作ってもらった。むしろお金ができたら従業員のボーナスやご褒美の旅行に利用。

⇒ お金をかけず、自己資金の範囲でリスクを軽減した投資、そしてできるだけ手作り




3.人材リスク

●事業開始時のスタッフは誰?
3人+自分たち2人 前記の「ねーね」を中心に、渦巻き状に拡大している。
●人材はどこから調達したか?
島の人間を「ねーね」が必要に応じて見つけてくる。
●その後の推移は?
すべてはねーねが島の人事部長。「ねーね主義」と辺銀夫婦は呼んでいる。島では古くからの行事が多く、ルールなしで休みもフレックスもOKとしている。すべてはねーねが仕切っている。すなわち、大人の責任で「ストレスフリーな仕事場づくり」を任せている。

⇒ 人脈に委ねた経営と必要に応じた人材確保


石垣島ラー油・加工場はねーねが中心


4.リスク負担

●スタートから現在までのリスク負担について、どのようなリスクがあり、誰がそれを負担したか?その後のリスクは?
最大のリスクは「台風」。当初は、材料調達での台風被害により入手困難もあったが、冷凍で在庫可能になったため解消。できるだけ、「島のリズムによるものづくり」を心がけており、例えば83歳のおばあによる島コショーは天日干しで生産しているため、天候とおばあのリズムに任せるしかない。そのため、流通先の条件より出荷側の都合で商品を取引する先にしか卸していない。例えば、東京伊勢丹ではよく棚が空になる。「台風」のリスクは、停電による混乱や、発送が停止になることによる混乱もあり、現状最も大きなリスクである。
もうひとつの大きなリスクは、「ニセモノ」対策である。現在9~10種類のニセモノが販売されている。ある時、孫に頼まれたおばあちゃんがニセモノ20本を買って本土に帰った。クレームで、こちらにだまされたと泣きつかれた、仕方なく4ヶ月待ちで販売中のラー油を分けてあげた。
●制度等の壁はあったか?
上記ニセモノ対策として「石垣島ラー油」の商標を、沖縄の弁理士を通じて取得申請をおこなったが拒絶された。
●事務所等の設置はいつから、どのように?
最初、一年間食堂でアルバイトをして地域に溶け込み、同時に島のシステムを勉強した。食堂をいつかやりたいと考えていたため、物件を探していたが、本土と違い「保証金がいらない!」ことがわかり、ハードルの低いことを知り積極的に事業をスタートした。現在、3万円で借りていたビルの上と隣が入る人がいなく、同じ大家のため格安で借りている。
●設備やラインの導入はどうしたか?
必要な鍋や冷蔵庫は家庭用の利用しているものを最初は使った。1982年製の冷蔵庫である。現在では、鍋や冷蔵庫も導入したが、決して無理せず拡大させている。
●既存インフラの利用は検討・利用したか?
あるものを利用することが基本となっている。例えば、打栓機の20万円が買えなかった。そのため一本一本手で栓をしていた。見かねた鉄工所を営む大家さんが、2万円で打栓機を作ってくれた。また、出来上がったラー油を容器に入れる抽油機も、最初はジョーロで入れていたが、東京のエンジニア仲間が医療用チューブを利用し、10万円で作ってくれた。基本は、ど素人ビジネス。

⇒ 風土リスク(台風)に対する対応 知財リスク(ニセモノ)が課題
  あるものを利用することによってリスクを減らす、素人のつながりが設備投資も支援 
  不動産リスクが少ないことが重要なポイント


5.素材調達と廃棄物

●当初の原料調達は?その後の推移は?
例えば、島コショーは購入していたが、ネーネに台湾製と聞き、紹介された農家から購入するようになった。ほとんどが、人のつながりから知った農家の方々から契約栽培で島のものを購入している。
●地域資源の利用状況は?
3年前から、これ以上の増産が難しいと新規ビジネスを止めている。しかし、注文は増加しているため対応に苦慮している。材料はほとんど島原産のものを利用しているが、生産されていない山椒、ごま、そして油を三種類外から仕入れている。基本は手作りのため、拡大は難しい。
●在庫管理はどうしているか?
冷凍庫を今年新たに導入し、素材をストックしている。
基本は間借りビジネス、相手が面倒見なくてはと、おじいやおばあが色々助けてくれる。毎日が感謝である。
●廃棄物管理はどうしているか?
廃棄物はほとんどないが、原材料の油の缶を農家が利用してくれている。

⇒ 地域資源の積極活用が基本で、リスクに対応した在庫管理をおこなっている


6.販売促進

●当初の販売促進手法は?
みんなで販売促進。最初は、東京からヒット。その影には料理研究家の方々が取り上げてくれ、雑誌や口コミで評判が広がっていった。一口「食べたら好き!」とラー油自体も営業マンとなっている。
また、意識的に「ペンギン食堂」を開店し、アンテナショップとして採算を度外視して営業している。お客様が楽しんでいただければ、ここから新たな何かが始まるのではと期待を持っている。実際、島ギョーザなど新たな商材の可能性が引き合いとなっている。
●その後の販促手法の推移について?
多くの知り合いを通じて広がっている。また知らないところで(ミクシーなど)勝手に話題が広がっている。

⇒ 人のつながりによる販売促進から、勝手連によるITコミュニティーの拡大


辺銀
食堂


7.事業展開

●最初は単独事業?
友人の口車から始まり、文字通り石垣島の市場やお祭りに出展し「南の島で油を売っていた」辺銀夫婦、そこから始まった成功である。
●その後の経済的な連関について?
急拡大である。農業では地域の農業者と契約栽培を進めているが、むしろ「石垣島ラー油」のヒットによって、島コショーや島唐辛子そのものに光が当たり、沖縄全体で生産が拡大している。
●そのつながりの推移は?
すべて基本は人のつながりからである。

⇒ 個人事業からスタートし、地域の農業者とのつながりによる事業


8.事業計画

●事業計画を最初から立てたか?
あくまでも家庭料理の調味料が評判になって事業が成立したのである。
●その後、事業計画を立てているか?
今後は、大雑把であるが「XOジャン」と「島ギョーザ」の商品化に取り組む計画であるが、これも売りたいと言う人がいるから検討している。
●長期見通しを持っているか?
ない
●事業コンセプト(変えたくないポリシー等)が明確か?
 それはどんな内容か?
「石垣島の素材を使って、石垣島で作る」これが最大のこだわり。また、「その土地のものを食べたら、その土地の一部になる」という考え方を信じており、石垣島の遺伝子を身体の中に取り込んでもらい、石垣島のファンを増やしたいとの考えを持って事業をおこなっている。
●地域とのかかわりを持った計画があるか?
8年間の事業を通じて石垣島の一部となった、これからは恩返し、客観性を持った石垣島へのかかわりを検討している。それは、「此処にいて、こんなに上手く商売していいのかな」と、「おばあたちとのかかわりのうれしさ」から、石垣島に恩返ししたいと考えている。それは、石垣島のファンを増やすこと。

⇒ 小規模の事業から無理なく間口にあった事業拡大、そして地産への徹底したこだわりと地域への愛着が事業計画のベース


9.経営管理

●当初から、経営管理をおこなっているか?
昔の人の知恵に、今人の知恵を加え経営をおこなっている。
●生産・流通・販促・営業・人事・労務・財政・資産の運営管理ができているか?その手法は?
ほとんど無理せず、自分たちがリーダーとしてでしゃばらず「島の人と島の知恵」に委ねている。

⇒ 地元の流儀による運営、先人の知恵を活かした経営


10.経営企画

●経営資源のマネジメントが機能しているか?
うまく回っている。
●人・もの・金・情報・技術・ネットワークを把握し、運営管理ができているか?(PDCAサイクルが機能しているか?)
全く意識せず自然体でやっている。ネットワーク管理や財務管理は必要だと思いつつ、日々の雑用に流され出来ていない。会計は、会計士の人たちが心配してやってくれている。

⇒ マネジメントも自然体


11.情報・マーケティング力

●需要の想定と、その手法は?
出来る量が決まっている。来年まで注文が入っており、次のオーダーは五月発送分まで商品はない。
●事業の独自性を意識したか?またその手法は?
意識せずやっている。例えばパッケージデザインは、使わざるを得なかったペットボトルの形状が格好悪くて、それを隠したくて今のデザインとなっている。しかし、素材等は八重山産、石垣島で作ることによって独自性を出す。
●外部情報やニーズ情報がマネジメントされているか?
注文者のリストを持っており、一年分の顧客リストをデータ化したが、残り四年分がまだ手付かず。
●当初、およびその後のマーケティングはどうしているか?
友達が勝手にやってくれる!

⇒ 地元産にこだわることが独自性、そして人気を背景とし、人脈を活かしたマーケティング。情報管理が課題である


12.経営能力

●論理と直感に基づく経営度合いは? 理論← →直感
完全に直感である。⇒ 直感経営


13.専門家活用

●当初、専門家はいましたか?あるいは専門技能がありましたか?
自分たちの考え方の反映が商品である、「一点の曇りもないことが基本、うしろめたさが一切ないものづくり」である。それは、自分の子供に食べさせることを基本に考え、水も浄化する、小麦も出来れば有機栽培など、「幸せの生まれる食卓」を目指している。
●どのような場面で専門家を活用するか?
「幸せが生まれるものづくり」を基本としている。例えば、「うこん」を作ってくれるおばあが可愛い。「ピパーチ」(島コショー)、目を晴らしながら作ってくれるおばあも素晴しい。そういう「みんなの汗水が詰まったラー油」である。そして、そんなおばあ達を見ていると、決して邪まなことは出来ない。
●専門家の導入の経緯は?
上記のように、人のつながりの中で島の知恵やものを導入している。

⇒ 自分たちの日常技能を活かした産業化 ・知恵と経験の詰まった農業者とのコラボレーション ・すべては人のつながりを基本にしている


14.ものづくり開発体制

●R&D、いわゆる調査と開発の体制は?
おじいやおばあとの会話が調査、毎日の自分たちの食事が開発体制である!
●品質・価格・デザイン・ものづくりの思想性に関するマネジメントはどうなっているか?
現在、植物油の価格が上昇している。八重山では油が生産されていないので、これには困っている。マネジメントがこの部分は出来なくて困っている。
また、「ペンギン食堂」はアンテナショップとして、品質・価格・デザインなどの試験の場となっている。
●当初は?その後の推移は?
自分たちが作った商材の容器等は流通業者の指導に合わせて決定した。すなわち、最初からコラボレーションのものづくりであった。その後も同様である。
●生産ライン、設備はどうなっているか?
必要に応じて少しずつ拡大。

⇒ 人のつながりが調査体制、毎日の調理が開発体制! ・アンテナショップの積極活用  人脈を利用した指導体制、そして無理のない生産拡大


15.デザイン・知的財産

●デザインや知的財産の管理・活用状況は?
沖縄の弁理士に依頼して、商標権の獲得を目指したが失敗、今後の対応を苦慮。特に、多くのニセモノが販売されているため対応を検討するも手の出しようがなく苦慮。ニセモノを販売している取引先からは撤退した。

⇒ 知的財産管理が課題


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