1979年、上勝町農業協同組合に営農指導員として入社。86年、つまもの事業「いろどり」を企画、立ち上げ。96年に上勝町へ転籍。2002年に上勝町を退職、株式会社いろどり専務取締役に就任。同年、「Entrepreneur of the Year」日本大会にて、ソーシャル・アントレプレナー賞を受賞。
株式会社いろどり 代表取締役副社長 横石知二(よこいし・ともじ)
山や庭先に落ちている木の葉や花、これを産業にした町が徳島県の上勝町である。徳島市から車で50分ほど、山林が90%近くをしめしかも人口の杉林が多い。昭和50年代、上勝の農協(現在は東とくしま農協上勝支所)に入ったばかりの横石さんが熱中してきたプロジェクトである。高知馬路村の東谷さん、愛媛・内子町の佐藤さん。1人は柚子をドリンクにしてヒットさせ、1人は農産物の直売所を成功させた。横石さんと合わせて四国の農協3課長と称する。(現在は役場に出向)
木の葉をお金にする道は簡単なものではなかった。もともと上勝は木材と温州みかんが主な産物だったが、昭和40年から50年にかけて高度成長の波をもろにかぶって、木材は輸入材に負け、温州みかんは自由化による値くずれに対抗できなかった。そのうえ昭和56年2月、この地方を襲った異常寒波によって、ほとんどのみかんが枯死してしまった。さて、どうするか。とめどもない人口流出を手をこまぬいてみているか、足元からなにかを見つけ出すか。横石さんは寿司屋で食事をしていて、ふとした会話に耳を傾けた。「紅葉をグラスに浮かせてみよう」「面白い、やってみよう」つい立て越しに聞いて、商品が浮かんできた。当時、頭の中は、山の中で専業農家はどうしたら食べていけるか。特にぶらっとしている女性の力をどう引出すか。食事に関係した商売はますます盛んになるにちがいない。
「これだ!」と思って、農協に持ちこみ商品化した。
木の葉は、必要な人はお金で買うが、そうでない人にはゴミでしかない。ほうきではいて、たき火にするのがオチである。必要な人はプロである。そういう人たちの個性的なニーズに、はじめから合うはずはなく、さっぱり売れなかった。
模索する横石さんの前に、いろんな人が現われた。徳島の有名な料理人は、上勝にきてアドバイスをした。それだけでなく、自分の店の調理場に入れてくれた。横石さんは1年半通って、それぞれの人に合わせた企画の大切さを知る。ただの木の葉を出せばいいというのではない。工夫があって、料理に合うから使うのだ。
市場にも通った。仕事が終わって車で乗りつけ、車内で仮眠をとって、朝4〜5時の場立てに間に合わせる。市場の空気をつかみ、料理人の話をきく。値段をきいて職場にとって返す。このとき親切に教えてくれたのが産地部長だった。料亭にも通った。1回2〜3万円する高級な店に客として入り、カウンターにすわって調理場を見つめている。自腹だったから、月給は底をつくこともあった。1年ほど通ったらここも調理場に入れてくれた。
徳島市の生まれ。農業に興味があって農協に就職したが「2〜3年で戻るつもりでした。家は徳島市で車で通っていますし、余所者だったからとやかくいわれずにすんだし、徳島市の料亭や市場に行きやすかった。」
上勝はやがて「いろどりの里」といわれ、葉っぱは2億円の売り上げをあげるようになる。季節に合わせ、いろとりどりのつまものが考えられた。農協支所の出している「つまもの百選」をみても、多彩で美しい。新春、うめ、ゆずりは、うらじろ、五葉松…春、かいどうざくら、つつじ、みやこわすれ、山ぶどう…秋はもみじを使うことが多いが、大根と蟹の煮だしに、もみじの葉が3枚のっている。このごろ箸おきに、小枝を使うのがふえている。もも、さくら、うめ、笹と形も種類も豊富である。
横石さんが大事にしたもう1つは情報である。平成4年、農家に無線ファックス(136台)を備え、注文がきたら、すぐに応じる体制をしいた。参考にしたのはセブンイレブンのシステム。ファックスは意外な効果を及ぼした。農家との間に情報を共有でき、横石さんや農協の活動がみんなのものになったのだ。これからはパソコンである。パソコンを普及することによって、注文から発送の時間をより短縮し、販路を広げようとしている。
「いろどり」の商品を“生産“する農家は現在40軒ほど。なかには70歳を過ぎたおばあさんで月50万円稼ぐ人がいる。この仕事は材料が手近かにある、軽いのでおばあさんでも足腰さえしっかりしておれば、せっせと稼ぐことができる。きつねの童話ではないが、葉っぱが小判に化けるのである。
平成11年には第3セクターの株式会社、いろどりができた。この会社ではつまもの以外にしいたけやわさび、山菜なども販売しているが、この産業は町の人を健康にした。人口2,400人ほどで、高齢化率は40%にもなるが、寝たっきりは4人しかいないとか。
もう1つ効用があった。山の木という資源がお金になるというので、せっせと木を植える。それも「いろどり」にふさわしく、多種多様に工夫して。「相手に合わせて、キメ細かく」と横石さんはくり返した。小さな町が生きていく知恵は共通している。





